あらすじ
何十年ぶりかの恋に私は胸を焦がしている。相手はバンドマン。ベーシスト。彼の細く長い指にかき乱されて、私は楽器になる。あなたが思い描く未来の中に私はいますか?
※約4700文字
年下のバンドマン
恋をしている。
相手は2回り以上も年下の24才。息子と同い年。長髪のバンドマン。ベース。こういった類の男になびいた自分にびっくりしている。
「京子さん。俺はさ、俺だけの音楽を探してるんだ」
昼下がり、断捨離で冷蔵庫もない彼の安アパートで、情事が終えた後、彼はすえた臭いのする布団の中で私を腕枕しながらそんなことを言う。毎度のことだ。
「うん、見つかるよ。絶対」
彼のたくましい胸の上で、うんうん、と何度もうなずくが、これも毎度のことである。
音楽のことなんて本当はどうでもいいと思っている。
彼が思い描く未来の中に私が存在するのかも疑わしい。
それでも、彼と一緒に夢へ向かっているような気持ちになれて嬉しかった。少なくとも旦那は、目を輝かせながら未来を語ったりしない。
それがどんなに青臭いものであったとしても、ビジョンのない男は退屈だ。
ずいぶん老いてしまった手の甲の皮膚を悲しく感じながら、私は彼の胸をなでる。まだサラサラな肌。乳首の周りに指を這わせ、突起に触れないよう円を描いたら、彼はピクリと身体を震わせた。
「今度ライブ行こうかな」
言ってみた。断られるのが恐くて今まで切り出せなかったささやかな願い。彼の答えが返ってこないので、だめなのか~と落ち込んで目を閉じたら寝息が聞こえてきた。
こっちまで眠くなるような、安らかな寝息。
それでまた、私はアガる。嬉しくなる。目が切れ長で、まつ毛が長くて、アゴのラインがシャープで、鼻筋が通っていて、美しい顔をしたこの若いバンドマンは無防備な姿を私にさらしてくれている。
いつもならこのままアパートを後にするのだが、今日は旦那が出張で家を空けている。
ひとり息子はすでに独立しているし、急いで帰る理由はどこにもない。
彼の頬をつまんでみた。ぐふっ、と半開きの口から空気が漏れた。可愛い。耳に口を寄せた。唇で耳たぶを噛んだ。スフレのように柔らかくて美味しそう。3時のおやつは至高の感触。歯を立てて、それからチュパチュパとしゃぶった。
「んっ、……」
首をすくめただけで目を覚まさない彼と出会ったのは、3ヶ月前。彼はバンドマンではあるが、当然食べていけていないので、派遣で働いていた。ケーブルテレビの設置や設定をしてくれる業者の人だった。
その日、今まで使っていたインターネットの回線ごとケーブルテレビに乗り換えた我が家に彼がやってきた。1通りの設置をテキパキとこなして、そそくさと我が家を後にした。
ひとりになってすぐに新しい環境を試してみたら、ゲームの仕方が分からない。
ゲームは大事なのだ。
私は専業主婦で、昼間の空いた時間はゲームをして過ごした。ゲーム機は息子が置いていったものだ。
これが面白くてハマった。
テレビ画面に向かってコントローラーを振り回すスポーツゲームや、車を運転するゲームをこよなく愛した。
なのにできなくなった。不安になって、すぐにケーブル会社へ電話した。1時間後、再び彼がやってきた。
「ここですね、ここのボタン。そうです、そう。それで画面を切り換えればゲームできます」
テレビ画面の切り換えができていなかったという単純ミス。恥ずかしさと申し訳なさで立つ瀬なく、ひたすら頭を下げた。
「いえ、ちゃんと説明しなかった俺が悪いんで。ゲーム、楽しいですよね」
何となくとっつきにくい人だと思っていたから、笑った顔が優しくてホッとした。聞けば、彼はスマホでオンラインゲームをしているという。
ゲーム名と彼のハンドルネームを聞いて、その夜、彼がプレイしているゲームアプリをインストールした。
不思議な気分だった。彼とゲーム上での逢瀬を繰り返し、敵と共に戦っているうちに、ぐんぐん打ち解けた。だから、ランチに誘われた時も全く抵抗感がなかった。
その日のうちに求められるがまま身体を許した。まさかとそんなことはないだろう、と思いつつも、何となく予感というか期待をしていた。だから、下着は新調していた。
彼のアパートで私は久しぶり、女になった。自分でも驚くほど濡れた。終わった後、優しく頭をなでられた。
「俺、京子さんに初めて会った時、猛烈に可愛いと思ったんだ」
「もうおばちゃんだよ……」
「そういう卑屈なこと言う人?」
「だって……」
「好きだ。ずっとこうしたかった」
マザコンなんじゃないの? とは言わなかった。彼に嫌われたくなかった。逢瀬はオンラインゲーム上だけでなく、リアルな世界でも続くこことになった。
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