あらすじ
彼氏にふられ、仕事でミスをしてしまった松井夕奈は孤独な誕生日を迎えてヤケ酒。お酒が足りなくなって赴いたコンビニで、自分でもびっくり。ワイルドなおじさんトラックドライバーを逆ナンパしてしまう!
※約5700文字
普通じゃない誕生日
普通なら絶対に、そんなことはしない。
だから、気象庁が梅雨明けを宣言したその日に24の誕生日を迎えた松井夕奈(まついゆな)は、普通じゃなかったということになる。
仕事で手痛い失敗をした。
インターネット回線を提供する会社のコールセンターで働いている夕奈は、客からの料金問い合わせに誤ったアナウンスをしてしまい、クレームに発展。夕奈の手には負えなくなり、上役対応にまでエスカレートさせてしまった。
言い訳にもならないが朝から寝不足だった。
原因は昨日、男にふられたからだ。
広告代理店に勤める28才は独身主義で金払いがよく、キラキラした場所が好きで、キレイな夜景や豪華なレストランに連れていってくれて、バカ高いだけで味の良し悪しがよく分からないワインを飲ませてくれたが、他に好きな女ができたから、とメッセージひとつで夕奈をあっさり捨てた。
夕奈からのメッセージは速攻でブロックされ、身を焼くような怒りと底なし沼に沈んでいくような悲しみのブレンドで明け方まで寝つけなかった。
「くっそー、あんな男こっちから願い下げだ!」
そして今日、心痛だった仕事を終えると、ワインとチーズとセロリとハンバーグとカツオのたたきを買って帰宅した。言うまでもない。ヤケ酒だ。
部屋着のTシャツとスウェットに着替えて、グイグイ飲んで酔っ払って、お腹がいっぱいになったら泣けてきた。
「さみしいよぉ~、悔しいよぉ~、24の誕生日は一生に1回だけなんだよー…」
出会い系アプリに登録しようと思ったけど酔いのせいでうまく操作できなかった。スマホを放り出して猫をいきなり抱き寄せたらびっくりしたみたいで、腕の内側を引っかかれた。
深くはないけど血がにじんだ。ためらい傷みたいだった。
「なんなのもう~!!」
圧倒的にお酒が足りない。涙と一緒にアルコールは体外へ流れてしまった。消毒液もバンドエイドも切らしていた。夕奈はホロホロおぼつかない足どりでコンビニへ向かった。
そこで、それが起きる。ていうか起こした。普通なら絶対しないこと。それは――。
ナンパだ。とは言っても、声をかけられてホイホイついていったのではない。かけたのだ。夕奈から声を。
つまり逆ナン!?
ワイルドなトラックドライバー
雑誌を立ち読みしていたその男は、口ひげ、アゴひげの無造作ヘアー。180くらいの長身。タンクトップに汚れた作業着のズボン。筋肉で盛り上がった胸にはタトゥーが入っている。
広い肩幅とその背中。キュっと締まった小さなお尻。ぶっ太い腕は陽に焼けてたくましい。耳にはピアス。
好み?
違う。目がキリっとして唇が細くて鼻筋が通っていて精悍な顔つきではあるけど守備範囲ではない。
だっておじさんだ。30半ばくらいのおじさん。
夕奈は元彼のような同年代の洗練した優男が好きなのだ。キラキラした夢にも高級ワインにも縁遠いそうなこの手のタイプに惹かれたことは、ない。
「あの、駐車場の大きなトラック、アナタのですか?」
なのに反射的に声をかけていた。男は怪訝そうな視線を夕奈に投げかけ、
「ああ」
とぶっきらぼうに答えた。一瞬ひるんだが、引き下がりたくなかった。
「あの、私バンドエイド買いにきたんです」
「……そうか」
男は思いっきり不審そうな顔をしていたが、無視はされなかった。
「消毒液も買いにきたんです」必死に言葉をつないだ。あたふたして、大げさな身振り手振りになってしまった。
「コンビニに売ってるのか?」男は小首をかしげた。
「はい、最近はちょっとした薬関係も。あ、ずっと前からかも」
猫に引っかかれた傷を見て男は眉根を寄せた。勘違いをしたようだった。
「イヤなことでもあったのか?」
「はい! すみません!」
「俺に謝ることじゃない」
「すみません! もうしません!」
「それ、おごってやるよ」
男は雑誌を棚に戻し、私の手から消毒液とバンドエイドを取り上げた。指先が触れた。
男は相変わらず無愛想ではあったが、夕奈の目を見てくれるようになった。
「腹、減ってるか?」
「減ってます! お酒飲みたいです!」
「傷は?」
「もう大丈夫です、血も止まりました!」
「おごってやる」
「あの、トラック乗せてもらえませんか? 大っきなトラック乗ってみたかったんです!」
男はまた怪訝そうな表情を浮かべたが、やがて小さくうなずいた。そして牛丼2つとおつまみを数種類、ワインとビールと紙コップをカゴに入れてレジへ向かった。
ずるい笑顔
夜の国道をトラックが走る。
その揺れが、エンジンの響きが、男のゆったりしたハンドルさばきが、夕奈に絶対の安心感を与えてくれた。
横顔をチラチラ盗み見ては、ワイルドな男も悪くないな~と思ったりした。ヒゲに触れたい。髪をもしゃもしゃしたい。薄い唇を指でなぞりたい……。
そんなことを考えていたら、いつの間にか眠ってしまったようだ。ふと目を覚ますと隣に男はいなかった。
急に不安になる。重いドアを開け、地面に飛び降りる。トラックを回り込むと男がいた。
大きな公園の外灯の下、片手をズボンのポケットに突っ込みながら空を見上げている。
「牛丼食べました?」ホッとして背中に声をかけると、
「あまり腹減ってねぇんだ」男はぼそりとつぶやいた。
「偶然ですね、私もです!!」
元気よく答えたら男は振り返り、くしゃっとした笑顔を浮かべた。「じゃあどうして買ったんだ」
――ああ。
この人はこんな風に笑うのか。ずるい。ふいの笑顔。
しかし女頃の夕奈が笑顔でおじさんに負けるわけにはいかない。なんなら落ちてもいいよ? と思いながらとびっきりの(つもり)ヤツを浮かべた。「てか、お酒飲みません?」
「飲まない」即答だった。
「これからまだ運転するんですか?」負けてたまるか。
「おまえを家まで送れなくなる」
「ひとりなんです。家に帰ったって。送ってなんて頼んでないです」
男は片眉を上げた。夕奈の言葉の意味を考えているようだった。
「今日、誕生日なんですよ。ひとりとか、ヤバくないですか?……」
じっと見つめられた。見つめ返した。胸の鼓動が速くなる。男が向かってくる。抱きしめられるのかな、と思ったら脇をすり抜けた。トラックのドアを開け、コンビニの袋を取りだした。
「どこで飲む? そこのベンチでいいか?」
「トラックの中じゃダメですか? 外暑いですし」
触れようと思えば触れられる距離に男がいて欲しかった。
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